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皆様より寄せらせた 栄光の 富士登山体験記
【その他の登山道】編(1998年厳選版)
須走り口登山道 1 2  御殿場口登山道 1


【須走り口から】

 富士登山の思いで 羽柴頼成さんより 98/11/22

 私は現在31才の者です。富士登山をしたのは20才のときです。
 きっかけは、母が当時45を過ぎて、「もう登れなくなるから、日本人として1回富士山に登ってみたい。」と言い出したことからです。富士登山は90を過ぎたおじいさんだってしているのだから、年齢のせいにするのは良くないですよね。(笑)

 その年、年初に話が出てから決行は夏と決めて、母は毎日ランニングして体を鍛えました。私は母子家庭でしたので、母は仕事から帰ってからランニングしていたようです。私は当時バリバリの体育会でしたので、全然体力に問題はなく、走って登り切ってやろうと思っていました。(あとで吠え面かくのですが)

 実際に登ったのは8月半ばだったと思います。須走口から登ることになりました。前日は、須走口から遠くない宿に一泊しました。朝6時頃宿を出て、車で新五合目の登山口に着きました。
 母が用意する間、私が車についているパーソナル無線で、誰かつながるかどうか呼びかけると、聞き取れないほど多くの局から呼びかけがありました。驚くほど遠くの局もあり、改めて五合目の高さを思い知らされました。

 用意をして、7時から登り始めました。私が、母をうしろから急かして歩いていきました。六合目、七合目と進むうちに、ものすごい景色が広がり、海までくっきり望むことができました。文字通り、頭を雲の上に出す状態になってきました。雲よりも上にいる状態は飛行機以外初めてだったので、感動的でしたね。まあ、眼下の景色は7合目以降変わりませんでしたが。
 私は母に口癖のように、「もっと速く歩かないと、頂上まで登って、下に戻れないよ。」と言いました。母のリュックを後ろから支えて軽くしてあげてペースを上げました。私は暑いので、(あとから考えると馬鹿だったのですが)上半身裸で登っていきました。登ると気温が下がるため、そんなに太陽が強く感じられないんですよね。でも、強い紫外線は降り注いでいる。

 八合目になり、頂上があと少しのように見えました。
 でもその辺から、悪夢のようなことが始まったのです。頭は痛くなるわ、吐き気がするわ、空気が口に入ってこない感じがするわ、足が前に出ないわ、最悪でした。
 そうです、私は高山病にかかってしまっていたのです。
 逆に私の母は元気いっぱいで、「お前どうしたんだ、お母さんの方が体力あるなあ。」なんて言っています。立場が逆転してしまいました。
 完全に体力の自信がうち砕かれました。結局、ハードな運動をしていたのが災いしたんですね。普通の人よりも、多くの酸素を必要とする体になってしまっていたのでしょう。

 九合目からはほんとに休み休み、ゆっくりと頂上まで登りました。九合目から、頂上までどれだけ長く感じられたことか。頂上についても感動はなし。もうへたってしまいました。ただ、郵便ポストがあったことを覚えています。

 母は「お鉢巡りをしよう。」と言いましたが、私は「日が暮れる前に下山できなくなっちゃうよ。」と言って強引に下山させました。もちろんそれはこじつけで、実はもう気持ち悪くて、一刻も早く下りたかったんですけど。(笑)

 帰りは砂走りを使って下りました。その頃には私の体は復活していました。砂走りをとても長い距離走って下ったことを覚えています。砂走りのおかげで、靴はボロボロになりました。

 結局車にたどり着いたのは、夜7時。12時間かかりました。

 富士をなめきっていた私が馬鹿でした。やはり日本一の山、世界一の山でした。
 そうそう、帽子をかぶってなかったので鼻は赤く剥け、体も上半身裸のおかげでひどい日焼けになっていました。

 みなさん、登るときは私のような馬鹿はやらぬよう。(笑)

 今では私は富士山は信仰の対象となり、毎年数回富士山の周りに出掛けていきます。富士登山はあれ以来してませんが、また挑戦しますよ。だってお鉢巡りしてないですもん。
 母も、もう1回登ってもいいようなこと言ってました。山小屋にも泊まってみたいですしね。


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富士登山2回目で山頂へ  藤代さん 98/8/14

 はじめまして藤代と申します。「後悔しない富士登山」拝見させていただきました。非常に参考になることばかりで予習をばっちりしてから先日8月12、13日に行ってきました。

 須走り口から登ったのですが天気も良く風も強くない絶好のコンディションで登山を開始しました。今年は天気も良く風も強くない絶好のコンディションで星が良く見えました(去年も挑戦したのですがものすごい悪天候に7合目で断念しました)。途中視界の開けたところで(7合目くらい)空を見上げるとちょうど流星群の良く見える時期に当たっていたのでいくつもの流れ星を見ることが出来ました(願い事をしている程時間はありませんでしたが)。疲れてきてはいましたがおかげで気分の良いまま登り続けられました。
 8合目の上で御来光の時間を迎えたのですが、残念ながら地平線に雲がかかっていて赤い球体が姿を現すのは見えなかったもののとても綺麗な光景を拝むことが出来ました。山頂に着いたときには少しガスが出ていたもののその切れ間には何とも言えぬ壮大な景色が広がっていました。自分が今、日本の頂点に立っているのだと思うとやはりグッと来るものがありました。
 下山は砂走りであっと言う間に下界へ結局一日中歩きまくっていたのですが、充実した時間を過ごせたと思います。

持っていって良かったもの
 ゼリー飲料:登山の途中水の代わりに飲んでいたのですがカロリーも取れるし、おいしいおまけにペットボトルのようにかさばらないのでポケットに入れられる。
 おにぎり:お腹が減ると無性に”米”が食べたくなる。チョコレートも持っていったのですがあまり食欲をそそらなかった。日本人はやっぱり”米”でしょう。
 ヘッドランプ:僕も同じコールマンのものを持っていったのですが両手があいてるっていうのはいいですよね。
 それとトイレが有料なのには驚かされました。 以上 報告を終わります。


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【御殿場口から】

ふじさん事件簿   ペンネーム春一番 98/8/22

 みなさん、こんにちはー。春一番と申します。8月12・13日に富士山に登ってまいりました。メンバーのほとんどが登山経験がなかったのですが、無謀にも、最難関であろう御殿場口から登りました。夕方に登り始め、山小屋には泊まらず山頂でご来光を拝む予定でした。交通規制が無い御殿場口まで車で行き(駐車場もガラガラでした)、午後6時半ごろスタートしました。

 最初、なだらかな坂がずーっと続き、こんな感じなら楽勝だな、と気分はルンルンでした。しかし、それが全ての始まりでした。最初は甘い顔をしておいて、後で鬼のようになる、まさに、新宿の「ぼったくりバー」のようでした。辺りも暗くなり、そろそろ疲れが出始め、それに追い討ちをかけるように徐々に坂がきつくなり、段々、ペルージャの中田のように言葉数が少なくなってきました。(除く1名)暗闇の中、何の目標もなく淡々と登りつづける我々。いつまで経っても山小屋らしきものも見えず、追い抜く人も皆無で、肉体的な疲れよりも精神的な疲れの方が我々を襲ってきました。だんだん、仲間の首を絞めたくなってきました。

 登り始めて最初の山小屋についたのが深夜1時半。登り始めて7時間も経つというのにまだ7合目という状況に、参院選での橋龍さんのように呆然としました。寒さも増し、徐々に着込むにつれ、荷物が軽くなるのが嬉しいんだか、動きづらいんだかよくわかりませんでした。相変わらず何の目標もなく、たまに、小屋らしきものを見つけては、やったーと思って行くと、コンスタントに廃屋になっているというのがまた、やる気を殺いでくれました。まさに、ガルベスのような心境です。次の山小屋についたのは、3時半頃。店の前においてあったジュースを勝手にいただいていこうか、とも思いましたが、寸前で思いとどまりました。

 そして、この頃既に、山頂でのご来光は諦め、とにかくマイペースで登ることに専念してました。ご来光は、雲に隠れているものの、何となく、どの辺に太陽がいるかがわかっちゃうような、非常に中途半端な状態でしたが、感動して言葉がない者3名。中途半端さに釈然としない者1名でした。その直後ぐらいに、8合目の山小屋につきました。ここは開いていたので400円の甘酒や1杯100円のお茶のついでにちょっと休ませてもらい、鋭気を養い山頂をめざしました。

 日が昇っているので道は見やすくなっているのですが、この辺になると岩石が多く、足場を選ばないと先に進めませんでした。ここからが苦しく、1分登っては3分休むようなペースでした。下山してくる人は、登る人と比較して割と多かったですが、中には、「このルートは楽そうだよね」とか言いながら降りてくる連中もいて、なんか、むかつきました。下を見渡すと、雲の海、という感じです。本来なら感動すべき所ですが、疲れで、堪能する余裕はあまりありませんでした。(でもよかったですよ。)頂上は見えているのに進んでも進んでも近づいてこない山頂にもむかついてきました。そもそも、なんで登っているんだろう、という疑問が皆の頭によぎってきました。それでも、山頂は気持ちいいに違いない、というそれだけが、重い足を前に動かしていました。

そして、朝9時頃、出発して14時間半もかけて山頂に立ちました。(実は、この間、ここでは書けないようないろいろなトラブルがあったので、実際は、これほどかからないと思います。)山頂では、火口をバックに、猪木さんの1・2・3・ダーで写真を撮りました。これが一番の思い出です。やはり、猪木さんは素晴らしいなあ、と思った次第です。(ちなみに、私は女です。)赤の闘魂タオルを持ってなかったのが心残りです。さらに、剣が峰に登ろうとしたのですが、1度、「あー、山頂に着いた」と思ってしまったため、なかなかモチベーションが上がらず、結局、断念しました。

 富士登山に関して、素人ながらアドバイスをさせていただくと、ルートは、慎重に決めた方がいい、ということでしょうか。初めての方は、絶対、御殿場口はやめた方がいいと思われます。(長い、歩きづらい、山小屋が少ない。でも、すいていていいかも。)ただ、満足度はかなりのものだろうと思いますので、自分をいじめてみたい場合は、いいかもしれません。岩石には気を付けましょう。それでは最後になりましたが、この言葉を贈ります。

 「この道を行けばどうなるものか危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし踏み出せばその一足が道となりその一足が道となる。迷わずゆけよゆけばわかるさ。ありがとー」猪木ボンバイエ猪木ボンバイエ猪木ボンバイエ


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