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皆様より寄せらせた 栄光の 富士登山体験記
富士吉田口から】編(1998年厳選版)
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■1 今までで一番がんばった Nami Nakataさん 98/9/25

 9月12日 富士山に登りました。朝8時、富士吉田口からです。

 最初は行けるところまでいこうっと・・なんて安易な考えて、たいした登山の準備もせずに登りはじめました。Gパン、長袖シャツ、持参したのはフリース、軍手、懐中電灯、1リットルのお茶、チョコ、酢コンブ、飴、酸素(5合目で購入)です。

 6〜7合目は砂礫をジグザグに登ります。この辺から日ごろの運動不足がたたってハーハーゼーゼー。(まだ20代前半なんですけど・・・)

 それ以降は岩場です。もう7合目から下山したくなりました。しんどくてしんどくて。ふと下を見ると岩だらけ。こんなところ降りるなんてヤー!と思ってなんとか登り続けました。

 8合目に下山道を発見!でも小学生くらいのおちびちゃんがスタスタ登っているのを見て、大人の私が登れないの?なんか悔しくて悔しくて登り続けました。

 同行者は同じ20代前半の男性。体力はとてもかないません。ペースが違うので、先に行ってもらいました。わたしは自分のペースで3歩進んで1分やすんでという感じで超スローペース。(今思えばこれがよかったのかな?)気が付いたら、周りの山々を見下ろしていました。ここまでくると、神様になった気分。

 それでもやっぱししんどくて、よっぽど下山しようかと思いました。頂上は見えるものの、まだまだ遠いし、このまま登っても降りる体力がないと思ったからです。倒れてしまっては迷惑をかけるだけ。でもそこは負けず嫌いが顔を出し、同行者に励まされて無事登頂!!!やればできるじゃん!

 8時半に登りはじめて、頂上についたのは15時でした。頭は痛いし、前日あまり寝てないので眠たいし、寒いし、お腹すくし、、、、普通、おにぎりとか持ってきますよね。富士山の上の方へ行けば、なんでも売ってるだろうとアホなことを考えていました。9月になるとシーズンオフ。みんな閉まってました・・・

 問題は下山。ジグザグ砂礫道で、降りても降りても降りても降りても下へたどり着けず。ほんとうにつらい下山でした。ひざは大笑いするし、頭は痛いし、お腹すくし。でも立ち止まるわけにはいきません。降りるのやーめた。ってわけにいかないんですねー。凍え死んじゃうだけだもの。たくさん休んでしまうと、もう歩けなくなりそうなくらいつらい。適度に休憩しながら、なんとか下山。懐中電灯使って、18時半。

 でも富士山って一種不思議な風景ですよね。上の方は砂と岩。(スキーはいてたら下山が楽だろうなあ・・・)生き物がいない。とても静か。こんな世界があるんだなあ・・って。雲に富士山の影が見えました。

 登りが6時間半、下りが3時間半。今思えば、平均的な時間でしょうか?

 こんなにつらい思いをしたのは今までなかった。もう二度と行くもんか!って思いながら登って降りてきましたが、次の日には「今度はお鉢巡りを・・」なんて思ってました。それを友達に言ったら、「生涯1度は富士山に、って言うけど、2度行くやつはバカだって言うよ?」と言われました。バカでもいいもん。なんだか人生の縮図を感じました。自分でもこんなにがんばれるんだなーと思いました。自分に自信がついた、ってちょっと思います。

 富士山登山で大切なことは、

 ・飲み物、食べ物はたくさん持って
 ・必ず自分のペースで登ること
 ・前日はゆっくり休んで体力をためてから

 ですね。



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■2 49歳富士登山 東京 飯塚さん 98/9/7

 9月5日(土)〜6日(日)の2日間を掛けて、一人で富士山に登ってきました。実は、今シーズン2回目の登山になります。前回は、8月の初めに家族で初めて富士登山に挑戦しました。登山する前までは、かなり簡単に考えておりましたが、いざ登ってみると岩場も多し、軽い高山病にかかってしまい大変つらい登山でした。どんなに体力に自信のある人でも高山病にかかると、めまいや吐き気などに襲われます。例えて言うならば、風邪で2〜3日寝込んでトイレに行くのも億劫な状態に似ています。元気な時なら何でもなく登ぼれそうな岩場でも、息が苦しく大変きつくなります。子供(小学6年女の子)も苦しそうだったので諦めようかと考え、どうするか確認したところ、最後まで頑張りたいと答えてくれたので最後まで登る決心をしました。お蔭様で、家族全員無事山頂に到着することができましたが、気持ちの中では子供の頑張りがなければ、登頂できなかっただろうという不満がのこりました。当初、来年また再挑戦しようと考えていましたが、時が経つほどに、悔しさがつのり今シーズン中に再挑戦したくなりました。交通の便の良い8月中に何とかしようとしたのですが、台風4号などの影響で実現できませんでした。それでも諦めきれず、いろいろ調べた結果9月でも開いている山小屋があることや、バスも乗り継げば富士山の五合目まで行けることがわかりました。仕事の都合などを考えると9月の第1週の土日が残された最後のチャンスでした。ぎりぎりまで天気の様子を確認し、山小屋を予約して決行することにしました。5日(土)の朝、新宿から高速バスで河口湖へ向けて出発いたしました。ところが、出発してすぐに大きな誤算が生じました。中央高速道路が行楽の車で大渋滞しているのです。到底乗り継ぎを予定していたバスの時間に間に合いそうもなく最初から予定が狂ってしまいました。幸運にも、河口湖駅からの最終便に間に合うことができ一安心いたしました。河口湖駅で時間に余裕があったので昼食をすまし、最終便に乗車しました。富士山行きのバスに乗って、外人の多いことに大変驚きました。乗車人員の約3分の1が外国人で、車内ではいろいろな言葉が飛び交い、海外旅行をしているような錯覚をいたしました。

 午後2時半頃に富士山(五合目)に到着し、早速登山を開始いたしました。最初の部分は、かなりなだらかで時間が遅れたこともありハイペースで歩いて行きました。かなり多くの人を追い抜いた後で、自分と同じようなスピードで歩いている外国の青年と一緒になりました。思い切って話し掛けてみると、大変陽気な青年でオーストラリアから来ていて英会話学校の教師をしているとのことでありました。オバーペースだから、もっとゆっくり歩いた方が良いとアドバイスしたが、自分も相手も問題なさそうなので、そのままのペースで、楽しく会話を交わしながら2人とも八合目の山小屋まで一機に登りきってしまいました。予定より一時間も早く登ることができたので、5時前に山小屋に入ることができました。彼は、山小屋を予約していなかったので、一緒に山小屋に泊まることになりました。夕食後は、消灯まで何もすることがなく、ベットも狭いので皆食堂(20畳位の畳の部屋)に集まり、思い思いに会話の輪ができておりました。我々も、自然と会話の輪に加わっていきました。メンバーは、私以外は全て外国人で大変インターナショナルな雰囲気でした。筑波学園都市で勉強しているドイツ人や、旅行をしているフランス人、スリランカから来た人など約10人のグループができていました。会話は、英語で取り交わされていましたが、時たまドイツ語になってしまったのには、閉口してしまいました。
 翌朝3時頃、山小屋を出発いたしました。山を登り始めた時は、一人だったのに山小屋を出る時には、6人のグループになっておりました。標高が高くなってくると、道も険しくなり高山病も襲ってきました。かなり息苦しくなりましたが、仲間もいるし精神的にもかなりリラックスしていたのでそれほど苦労しなくて克服することができました。
 5時頃、山頂に到着することができましたが、8月とは比べものにならない位寒く、風と寒さのため5分間もじっとしていることができませんでした。お鉢巡り(火口を一周すること)に挑戦しようとしましたが、風と視界不良のため諦めました。頂上に約30分程度滞在した後、外国の仲間と一緒に下山し、無事帰宅いたしました。

 今回の登山を終えて、いろいろ心の中に残るものがありました。一般的に、「富士山は登る山ではなく、見る山である」とか「富士山には一度登るべきであるが2度と登る山ではない」とかいろいろ言われています。実際に登ってみて、本当の意味が少し理解できたような気がしました。誰もが富士山は美しく綺麗であるイメージを持っています。その優しい姿から登ることも楽であると錯覚しています。勿論、誰でも登れる山としても知られています。しかし、実際に富士山に登ってみると、その姿からは全く想像のつかないほど険しく、高山病にも襲われ、抱いていたイメージとは全く違うことを思い知らされるのです。山肌も、岩がごつごつしており、頂上を抱いても赤茶色の無骨な山がそびえているだけなのです。登頂に成功しても、富士山は高山であり、天候も大変きびしいので、ご来光を拝めた、綺麗な景色を堪能できる人はごく限られています。富士山に対し、綺麗で簡単に登れる山というイメージを勝手に持って登る人が多い。苦労して登って、なおかつイメージしていたような感激にめぐり合うことできなかった人にとっては、富士山は二度と登りたくない山になっても当然と思われます。先入観が先行したままで登山をするので、現実とのギャップが大きすぎて絶望する人が多くなってしまうのだろうと思いますが、富士山にとっては大きな迷惑かもしれません。私も、富士山に対するイメージを壊された一人です。でも本当の富士山の一部を知って、更に富士山が好きになれたような気がします。暫くは登ろうとは考えていませんが、数年先にはまた登ろうと考えています。今の私にとって富士山は一生登り続けたい山となるような気がします。なぜなら富士登山には、それなりの覚悟が必要だと思うからです。気力と体力に自信がなければ、受け入れてくれないでしょう。何歳まで富士山に挑戦し続けることができるのか。それが私の新しい楽しみになりました。そのために、更に体を鍛え、気力を高めたいと思っています。



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■3 登ってきました(長文)  横浜の上野さんから 98/8/28

 行程は新宿駅からの高速バスで河口湖口登山道5合目まで行き、夜間登山で5時すぎの御来光を見て、お鉢巡りの後、御殿場口へ下山するルートを予定しました。
 父親、叔父、中学生の従兄弟、私の4人で登ろうということだったのですが、父は軽い高血圧の持病があり、念のために主治医に聞いてみたのですが、あまり賛成できないなあと言われてびびってしまい、結局3人で行くことになりました。三人とも富士山は初めてです。登山予定日を8月20日と21日に決めましたが、20日に安全指導センターに電話で聞いたところ、あまり好ましくはない天候とのことで延期、21日に再度電話で聞きましたところ、登れる状況ということでしたので行くことにします。バス会社に予約の電話を入れると50席ほど空いているとのことだったので、新宿駅を19時30分発の河口湖口直通バスにしました。がらがらなのかと思っていましたが、バス乗り場に行ってみるとリュックを担いだ人だらけで大盛況です。我々は4号車でした。バスに乗り込むと驚いたことに多国籍。富士山が日本観光の名所になっている事を実感。

 21時45分に河口湖口五合目に到着。お土産屋さんの隅で着替えをさせてもらい、22時5分に登山を開始しました。空を見ますと、ところどころ雲がかかってはいますが星はきれいに見えます。遠くの方の雷の光がとても幻想的。

 30分程度でもう六合目に到着。なれないヘッドランプの光を見ての歩行だったので目に痛みがあります。山の方を見ると七合目の山小屋の灯りと登山者のヘッドランプの列が見えます。先年、母が登って、銀座の様だったと言っていましたがそのとおりです。これなら迷うこともあまり考えられません。安全指導センターの方らしき人から落石注意箇所のチラシをもらいました。数日前、落石で亡くなった方がいらっしゃるので用心深くなります。ここからはゆっくりと登ることにします。

 約10分程度登ったら小休止の繰り返しで23時40分に七合目トモエ館前に到着。少し下辺りから道は岩場に変わっています。登るペースが岩の形によって乱れてしまうのでこの後きつくなりそうです。心臓の鼓動も大きく聞こえます。叔父達は金剛杖を買ったのですが、岩場ではかなり邪魔に感じるようです。手をつくので厚い手袋をしてきて正解でした。

 各山小屋前で小休止をとりつつ登っていきます。ここでもバスの中と同様に休憩をとっている人々が多国籍。いろいろな国の言葉が飛び交っています。

 24時52分、八合目太子館前に到着。疲れがかなり出てきました。登山時間に対する休憩時間がだんだんと多くなってきます。ここでも20分強の休みをとりました。ここは八合目の山小屋の中でも高度の低い方なのでまだまだ先は長いです。寒くなりそうなのでジャンパーを着込みます。

 ところどころで休みをとりつつ、25時52分に白雲荘前に到着。だんだんと風が出てきました。体感気温がぐっと下がります。

 私の歩くペースがだんだんと落ちてきました。特に足のはりとかはないのですが、思う様に足が前に進みません。その上、足下が砂地のせいか良く滑ります。この辺りでは杖がとても欲しくなります。叔父は頭が痛いと言っていますが、特に歩くペースが落ちた様には見えません。中学生の従兄弟は元気に登っています。メモをつける字もだんだんと投げやりになってきました。体が高カロリーの物を欲しがります。ふだんあまり食べないチョコレートや氷砂糖が美味しく感じます。べたべたとして嫌いなスポーツ飲料がとても美味しく、素直に体に入って行きます。

 26時46分、富士山ホテルに到着。叔父がダウンして仮眠をとろうと言っています。日の出の予定時刻は5時5分ほどなのであまり休めませんが仮眠をとることにしました。山小屋の人が日の出を見るのなら4時30分に起こしますと言うのでそうしてもらって仮眠室へ上がります。叔父は横になったとたんにいびきをかいています。

 時計を見ると5時。なぜ起こしにこないんだぁっっ。慌てて荷物をまとめて下におりると山小屋の人たちはそしらぬ顔。外はもう明るくなっています。外がうるさくてあまり深くは寝ていなかったので、起こしにこなかったのは明白。お金だけとったら後は放っときぱなしなのかっっ。朝から不愉快な気持ちで山小屋を離れます。

 外は明るくなってはいますが、少し雲があるせいか太陽はまだ見えません。少し登ってちょっとした広場の様になっている所で太陽の上がってくるのを待ちます。

 5時26分、雲海の上に太陽が上がってきました。刻々と周りの色が変わってきます。雲が少しかかっているため、太陽のかたちはいまいちはっきりしませんが、とてもきれいで疲れを忘れさせます。頂上をめざして登り始めましたが、すぐに仮眠をとる前の体調に戻ってしまいました。ゆっくりゆっくりと登っていきます。途中で抜かしたとてもゆっくりなペースの集団がこちらが休憩をとっている間にどんどんと抜かしていきます。どうやらあちらのペースの方が正解な様でした。

 6時10分、鳥居の下をくぐります。もう後ひと踏ん張りなのですが足がとても重く感じます。物を出し入れするのが楽だろうとウエストポーチをしてきたのですが、リュックを背負っている関係上前にぶらさげているので、足の上げ下げの邪魔になってイライラとしてきます。

 6時55分、やっとの思いで頂上にたどり着きました。

 叔父達は金剛杖に刻印を押してもらいに行きました。背中の荷物を積み石にもたれさせて休んでいると、シャッターを押して下さいとカメラを持ってくる人がいます。撮りましたが、きちんと撮れているかどうかは良く分かりません。ごめんなさい。

 食事をとろうということになりましたが、持ってきたパンを一口かじっただけで吐き気が急に襲ってきました。二日酔いの比ではありません。パンをすぐにリュックに詰めて紅茶を飲むだけにしました。叔父もあまり体調は良くなさそうです。ひとり従兄弟だけは元気で、なんと下から陶器の釜に入った鳥釜飯を食べ、そのうえラーメンを注文しています。

 7時35分、お鉢巡りに出発しましたが、気持ち悪くて気分は最悪。頭の中は高度を下げることしか考えていません。通常のコースとは反対の反時計回りにします。この方が楽と休憩所の人が言っていました。歩いている間まわりの景色は目に入らず、下り坂になると喜んで登りがくるとがっくりとします。なんとか測候所の脇までたどり着きましたが、もう階段を登るのも嫌で嫌でたまりません。従兄弟は食べ終わった釜を担いでいても平気なのに。そこに叔父が、無料でをやってくれてるよと言うのでそちらを見ますと、京都大学の医学部の先生らしき人が椅子を並べて鍼をうっています。わらをもすがる気持ちで椅子に座りました。簡単な問診表を書いて待っていますと順番がまわってきました。先生の言うところでは、気持ちの悪さといい、脱力感といい、高山病としては結構きているとのこと。クリップのおばけみたいな機械で(と言っても12万円程するらしいのですが)人さし指を挟んで酸素濃度を計り、その後、親指の付け根あたりに2本、左右で4本の鍼をうちました。20分後、あーら不思議。さっきの気持ち悪さはどこへやら、けろっと治ってしまいました。高山病の薬は高度を下げることだけなのに、たった4本の鍼でなんでこんなに気分が良くなるのか実に不思議です。今までは鍼とかお灸とかあまり信用していなかったのですが、これからは信用します。先生ありがとうございました。

 ちなみに先生のお話によると、高山病については本当によく解明されていないらしくその人それぞれの様です。きちんと睡眠をとってゆっくりと高度を上げるのが高山病をさけるのにはまあ良いだろう、かかったら高度を下げなさいといったレベルの様です。スポーツ飲料もその時々によってプラスにもマイナスにもなるそうで、体がアルカリ質になっている人がアルカリ質系のスポーツ飲料を飲むとよけいに悪くなる事があるそうです。

 9時、足どりもうって変わって軽やかに測候所の脇の剣が峰の碑の所で記念写真を撮ります。辺りはとてもいい景色。のんびりと下っていきます。郵便局の前に行きますと、閉鎖。今年の営業はもう終わっていました。がっくりとしてNTTに行き家に電話をします。NTTの脇でしばし休憩。さっき食べられなかったパンやおにぎりをぺろりと食べます。風もなくとてもいい天気で、鼻の頭がひりひりとします。雲海がゆっくりと高度を上げてきました。遠くで雷の音がします。

 十分に満足して10時11分、御殿場口に下山開始。でかい岩がゴロゴロとしていてこれが風の強い日だったらと思うとゾッとします。足下もあまり良くないので登りの時以上に慎重になります。11時4分、赤岩8合目山室に到着。砂走りが始まるのはまだまだ先。しかしこのコースは寂れています。辺りにちいさな植物がはえはじめたなと思ったのもつかの間。そろそろ雲の中へはいっていくのか視界が悪くなってきました。

 砂走りに入って少したった頃、今まで元気だった従兄弟が疲れを見せ始めました。休憩回数が多くなってきます。雲の中なので体もしっとりとぬれてきて、疲れがたまります。登山道と下山道が交差する辺りでとうとう従兄弟が倒れ込んでしまいました。呼吸も荒く完全にグロッキーです。登ってきた人が慌てて携帯電話を出して連絡をとってくれたのですが、うまく通じません。聞けば登り始めて1時間程度の所ということなので、担いで下りることにします。休みつつ、途中からは少し回復してきたので肩を抱えつつ何とか下山しました。茶屋のおばさんにお茶と洗面器に水をもらって少し休んだ後、タクシーで御殿場まで下りることになりました。御殿場駅までたどり着きましたが気分がすぐれないらしく、救急病院へ。診察の結果、過呼吸を起こしているとの事で点滴をうつことになりましたが、治療が終わるとけろりとしていました。いろいろな方に御迷惑をおかけしました。下山途中、砂走りで速度を上げたのと、疲れたと言って残っていた酸素を吸っていたのが悪かったのでしょうか。

 と、まあいろいろとあって大騒ぎでしたが、なんとか頂上まで登ってくることが出来ました。

 来年はきちんと体調を整えて挑戦したいと思っています。



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■4 伊藤さんから 98/8/27

 こんにちは。先週の金土に富士山に登ってきました。パーティは中年男女4人、私を除き富士山は初めてでした。私は5回目。
 車でスバルラインを通って5合目河口湖口に12時到着。すぐ雲上閣で昼食カレーライス1000円を食しました、恐らくレトルトだと思います。13時に出発し17時に8合目の予約していた山小屋「元祖室」に到着。
 途中7合目を過ぎたあたりから後頭部に頭痛。酸素を吸入したらピタリと病止みました〜酸素は中年登山には必需品〜。18時夕食レトルトのカレーライスに一杯の緑茶付き、ご飯はちょっぴりのお代わり無し〜非常食が必要〜一泊二食で7350円20時に床に入ったがなかなか寝られず〜枕にビニールが付いていてそれが気になり〜結局午前2時の出発まで1時間寝られたかどうか。
 この日は登山者が深夜から多くなり、9合目から渋滞の中、5時前に頂上に着き、ご来光を眺めながら気温5度の中で朝食(これもご飯ちょっぴりのお弁当)その後影富士を見ながらの約1時間のお鉢巡り、これはよかった。下山は8時に登ってきた道を戻り途中から下山道へ迂回、変化のない道をひたすら降りてきました。5合目は12時に着きました。

 山小屋はちょっと不満でしたが、天気にも恵まれ楽しい一日でした。

■5 高山病にかかりました  タグチさんから 98/8/26

 8月19日から20日にかけて、富士登山のツアーに参加しました。最終的には、頂上まで登れましたが、団体旅行特有の時間制約がかなりあって、食事も睡眠もとれないほどハードでした。それに5合目で私達を迎えてくれたガイドさん(名前わすれました^^;)も最初かなり怖くて、ビビっりましたけど、山へ連れて行くということは人の命を預かる責任重大な仕事なんだ・・と後から実感しました。

 7合目の山小屋についたのは、11時すぎ途中の道も、私達ツアー客の貸し切り、殆ど登山者はいませんでした。見上げた満天の星と目線下に浮かんだ月と白い花火のように光る稲妻が忘れられません。

 夜中1時半に山小屋を出発しましたが、頂上付近の悪天候を聞いた殆どの人がそこで断念。半分以下に減った12名で登りはじめました。薄い空気のなか足は上がらず胸も気持ち悪かったのですが山小屋毎に休憩を取ったので、小屋近くの自家発電のモーターの音と匂いがするたびに「もうすぐ休める」とそれだけ思って歩き続けました。

 頂上到着午前6時。あたりは厚いガスがかかって、何も見えません。ガイドさんが握手してくれて、やっとココが頂上だと認識したくらいでちょっとした感動ものでした。

 あれから1週間。やっと、身の回りの整理も落ち着き、普段の生活に戻りましたが、ふと気が付くと、深呼吸をしているのです。空気は、3000mよりは充分あるのに・・胸が苦しく重いような感じがします。そう吸っても吸っても元気にならない。富士山で胸いっぱいに吸った薄い空気のほうが、確実に身体全体に行き渡って、自分は生きてるんだという実感がありました。これは、まさしく高山病。

 なにも混じらない澄んだ空気を求めて、また山に登れればと思います。そして、一緒に登った人や山小屋で眠いのに焼き印を押してくれたお兄さんや6合目でお世話になった白馬サーブに感謝します。ありがとうございました。
                    長崎より

■6 富士山に登ったぞ  カザオカさん(40才)から 98/8/25

 8/21に無事のぼりました。
 山中湖の会社の保養所に泊り、21日の早朝からスバルラインに車でいき、登りました。朝5時に5合目に到着すると車が一杯で、5合目の手前2.5kmに駐車させられました。
 水は1.5L持っていき空になりました。途中は岩場があり手を使わないと登れません。最初の5合目から6合目にかけてペースがわからず、もうだめかとおもいましたが、徐々になれてきて、6合目から8合目はともかくゆっくり登りました。8合目からは又岩場で嫌気がさしました。上は寒いと言われたのでジャンバーを持っていきましたが、ウイドブレーカとジャージで十分とおもいます。編者注:御来光を見る場合は明け方になるので寒いですよ)
 
帰りは超埃っぽい下山道なので、長いスボンとタオルかなにかで、口を防ぎ、スポーツサングラスかゴーグルがあればよい。酸素はダイクマでかって持っていたのでOKでした。現地では半分の量で料金は1.5倍です。上り時間は、休憩込み(焼き印を押してもらうのに結構ならんだ)で、7.5時間、くだりは4時間弱です。雨が降ったらとっても登る自信は有りません。夜登る人は山小屋の人かツアーの案内人がいないときついとおもいます。山小屋の人が連れている人たちの5合目を歩くスピードは本当にゆっくりです。高山病にならないように最初はゆっくり歩きましょう。富士山の上は晴れていたのですが、下界は雲と霧で何も見えませんでした。もう一回下界が見える日に登りたい。3日たってもまだふくらはぎや関節が痛いです。



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■7 (;_;)のリタイア  麻香さんから  98/8/18

 なんだか、hpを見るたびに新しい登山録が増えていて、今更ながら頂上まで登れなかったのが悔やまれてなりません。
 8/8 私は友達と3人で名古屋から出発しました。(女2人・男1人)中日旅行会が主催するツアーでPM2:00に名古屋を出発PM8:30頃に5合目に到着しました。
 体を慣らすため5合目で最後の点検をして9:00に出発。サービスエリアにおにぎりが売ってなかったため、5合目で2個買っていきました。私は伸縮型の杖を持っていったのですが、友達は持っていなかったので、「必ず必要になるから・・・」と強引に金剛杖を買わせました。6合目までは霧でヘッドライトをつけても1m先が見えないほど・・・とても広い道で「へへへ。楽勝」と思いながら進んでいきました。「寒い寒い」と聞いていたので、かなり厚着をしたのですでに汗だく。どんどん着ていたものを脱いでいきました。
 6合目を進み出すと、霧もはれてきて満月に照らされながら軽快に・・・・頂上までの道のりに山小屋の明かりが大変きれいでした。広かった道はどんどん岩場になっていき、山小屋あたりでは大渋滞。ペースもどんどん狂い、ちょっと歩くと休憩しないと進めなくなってしまった。
 7合目で、高山病の症状がでてきて、とうとう嘔吐。「高山病と認めると体がつらくなる。」とだましだましきたのですが、睡魔にも襲われ8合目に入ってダウン。山小屋に入り休みました。山小屋の中に通されると、奥に2段ベッドのように棚があり、2段目に上がり、そこでもまた嘔吐。二人の友達はまだまだ進めそうだったのですが、私があまりに苦しそうにしていたので、一人が一緒に山小屋に泊まってくれて、一人が頂上を目指しました。寒さに震えズボンの下から冷気が入ってくる感じで、布団をかぶっても震えが止まらず、気持ち悪さも直らず本当に苦しかった。いやな夢にうなされ、いくら寝ても寝た気がしないのです。山小屋のお兄さんに「後20分で日の出です。」の声に起こされ、外を見ると本当にきれいな空。でも外に出る元気がなく、部屋の中から日の出を拝みました。夜とはまったく違う景色でとにかくびっくり。
 旅行会社から、「とにかくどこにいても5:30になったら、下山をはじめる。」といわれていたので、下山をはじめました。下山をはじめると本当に杖が重宝しました。予想以上の急斜面を下るので、靴も本当に合ったものでないとかなり泣きを見る結果になりそうです。途中のトイレのあたりで頂上を目指した友達と合流。彼女も時間的に間に合わず、頂上を目前にして下山してきたようです。荷物の重さがネックとなり下山もペースも遅れてきたので、見るに見かねた友達が私の荷物を持ってくれました。どーも遅いペースに会わせるよりは重くても荷物を持ったほうが楽だったみたいで。。。(ちなみにその友達は男)途中休憩をしていたら、下山してくる人に挨拶され、「看板みました?」といわれたので、ふりかえり看板を見ると《落石注意》の文字。急いで移動を始めました。(ちなみに私たちが下山した翌日落石事故がありました。)
 何とか下山をしましたが、本当にいい経験になりました。
 下山途中の反省会で、私たちが話し合ったことは、
 1.とにかく荷物は軽く。(初めての場合は特に)食料も水も気持ち悪さからほとんど手をつけることができませんでした。始めは、上での料金の高さを考えて色々もっていったのですが、運ぶことを考えたら、少しぐらい高くても上で入手したほうがいいような気がしました。
 2.杖は収縮するものを下山を考えると杖はやっぱり必要。でも金剛杖はかなり重いので、登りに持っていくのはかなり邪魔。必要性から考えて、安いものでもいいので軽くて収縮するものを持っていったほうがいいのでは・・
 3.寒さ対策を十分に。時間帯にもよりますが、気温の差はかなりあると思います。私たちは、上る前に背中にタオルを入れていったのですが、これは本当に役に立ちました。登り始めは暑かったのですが、夜明け前はかなり寒いです。この温度差にいかに対応するかが重要なのでは。。。。
 4.情報収集。初めての登山はやはり不安だと思います。hpや本、友達など富士登山の経験者の話を聞いているのといないのでは大違い。私も高山病になりましたが、「とにかく下山することが一番」ときいていたので、そんなに不安にはなりませんでした。何とか体力をつけ今回の反省を活かし、今度はぜひとも山頂を目指したいと思います。
 「富士登山しよう」といいだしっぺの私が一番足を引っ張ってしまったのですが、その中で、本当に友達のやさしさが身にしみました。岡本君・あきちゃん。そして、初登山の不安を解消してくれた堀口さん。ありがとうございました。



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■8 報告 加古さん 98/8/13

高浜市の加古直広です。98年8月11日〜12日にかけて待望の富士登山に行ってきました。これから挑戦する方の参考になればと思い当メールを送ります。
 報告(1)
 山頂付近の夜は(初心者にとって)予想以上に寒かった。対応として役に立ったのは(a)雨合羽(上下別々のスーツタイプが、特に有効)(b)使い捨てカイロ(軽くて荷物にならず、効果絶大)(c)スキー用防寒帽子(耳を覆うタイプ) --->防寒することは疲労防止、そして高山病予防にも効果あり。
 報告(2)
 懐中電灯は首、肩からぶら下げ式に工夫すると便利。 (幅広の)紐の両端を懐中電灯の前後に縛り付けると、両手がフリーになり岩場等で特に便利。
 報告(3)
 下山直後の疲労回復促進にシップ薬の早期処置(シップ薬が効いたと信じている)。 (杖を使用しなかったせいか、)下山8合目から膝が痛くなり5合目に到着したときは声も出ないくらいの状態でしたが、下山直後にシップ薬を貼ったところ、翌朝には膝の痛みがなくなっていた
 報告(4)
 
自家用車で5合目まで行く人は、ポリタンクに水の用意を。 下山後に顔、手、身体を洗うと、気分がすっきりし安全運転に役立ちます。(お子さん連れの場合は安心して、寝かすことができる。)

■9 絶対もう1回 神戸の高田さん 98/8/13

 私も数年前、会社の人たちと6人で富士登山に挑戦したことがあります。「ご来光見ようぜ!」の合い言葉にホントお気楽にバスツアーに申し込みました。ですから天候がどうとか、体調がどうとか、装備のこととかまーったく気にしていませんでした。これが本当に間違いのモトだったと気が付いたのは下山道に入ってからでした。
 前の晩、ワクワクしていた私は2時間程しか眠れず、移動のバスの中でもみんなと騒いでいました。5合目で食事をし、6時ごろから登山に入りました。この時は、お天気も良く雲の上の散歩って感じで、るんるん歩いていました。徐々に暗くなってくると、遠くに町の夜景が見えるし、星はキレイだし登山道を行くの人の明かりがずーっと繋がって、巡礼路って感じで結構良かったですよ!
 順調に7合目すぎまでは登れたのですが、徐々に込み合ってくると休みたくないのに何度も休憩。進もうにも、人がいっぱいで進めない!そうこうしているうちに8合目の手前当たりから、なんだか意識がぼーっとしてきたような気がするんです。(よく覚えていない。吐き気が全くなかったので、睡眠不足の眠気だろうと思い、その時は高山病とも気がつかなかった)。たぶん、気力だけで登っていたのだと思います。しばらくしてから、友人が私の様子が少しおかしいと言い出したのを覚えています。それでも、ご来光見たさに登り続けていたら、8合目の小屋の人に「あんたはもう登ったらあかん。」と言われて、無理矢理ベッドに寝かされました。(もしかして危なかったのかな?)眠くないと思っていたのに、お布団が汗臭いのでこんなところで寝られへんわーって思っていたのに、横になったとたんすーっと睡魔に襲われて、ほんの少しだけ寝たつもりが4時間も眠ってしまいました。目がさめたら窓の外は真っ白。???。ごそごそと起きだしたら、友人が「大丈夫か?」。私が眠っている間どうしていたのか聞くと、他の人たちは山頂をめざし出発。・・・が、天候が悪くなり3人は9合目であきらめ、2人はなんとか山頂までは行ったものの、とてもご来光ではなかったとのこと。真っ白だったのは、霧だか雲だかがもう全然前が見えないくらいにかかったせいでした。そのまま下山となったのですが、眠った私は元気を取り戻し、他の人よりはるかに足取り軽く下山しました。最後の登り道もなんてことなかったですよ。(たはは・・・)。
 登頂はしたもののご来光が拝めなかった者、途中であきらめた者、高山病にかかった者、みーんな「絶対もう一回来て、今度はご来光おがんじゃるー!。」と、再登山を誓ったのでした。
 もう少し子どもが大きくなるのを待って(私の子ども達ではありませんが)、自分の足で登れるようになったら、今度はもう少し大人数で挑戦したいねっていっています。その時は、日程に余裕を持って、装備も十分にしていくつもりです。
 おまけ富士山の雨はあっちこっちから叩きつけてきますね。足元からも雨が吹き上げてくるし。この時、私は借り物のいい雨具をもっていました。上下セパレートの、たぶんゴアテックスのだと思います。これは本当に(強調)助かりました。冷えと蒸れを極力おさえてくれました。「カッパなんてなんでもいいやん。」と言っていた友人は500円位で売っているコートタイプのでしたが、下山してみると全身ビショ濡れでした。私は、体はよかったのですがザックが中までビショ濡れになってしまいました。なにかよい対策はありませんか?一番いいのは晴れの日に登ることでしょうけど。



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■10 富士山の渋滞 片岡さんから 98/8/13

 昨日「後悔しない富士山登山」のホームページを見つけ読ませて頂きました。

 実は私は今年の8月1日に富士山に登ったのですが、ツアーだったので時間に余裕が無かった事、登山道が渋滞していた事、天気が悪かった事等の悪条件で9.5合目で残念な事に下山してしまいました。富士山に登った事は今回がはじめてで、しかも決まったのは10日前だったのです。 急に決まった為、(富士山には5年位前から登りたいとは思っていたのですが)準備はどうすれば良いのか全くわからず、一緒に登る友人と「どうしよ〜」という状況でした。短い期間にいろいろと情報を集めなくては、と思っていても仕事から帰るとなかなかはかどらないのです。又良い富士山登山についてのホームページも見つけられず、当日を迎えてしまいました。

 実際富士山に登ってみると7合目まではまぁ思ったよりは辛くはないな、という感じでした。しかしそこから渋滞が激しく、2.3歩進むと止まる、又2.3歩進むと止まる、という状況が続き、山を登る事よりもその渋滞に私は疲れてしまいましたね。一体どうして富士山にまで渋滞があるんだーーー。よく登山の案内には自分のペースで歩く事となっていますが、これでは全く無理でした。

 結局後少しで頂上という所でツアーバスの時間の関係で残念ながら下山してしまいました。下山途中から天気は嘘の様に晴れ、現れた山中湖の美しさは忘れられません。本当に......。

 今回「後悔しない富士山登山」を読み、自分の体験に基づきとても詳しくアドバイスが書かれていると思いました。そして私が登山前になぜこのホームページをみつけられなかったのか残念です。このホームページを読んでいたら気分的にかなり余裕ができただろうと思います。

 最後に、また来年も富士山に登ります!やっぱり頂上までいかないと納得できませんものね。貴殿の情報を参考に頑張ります!。これからも富士山登山についての情報楽しみにしています。



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■11 私も登った kumiさん 98/8/13

 はじめまして。岡崎といいます。体を動かすことを何もしていない28才のOLです。このホームページを登る前に見ておけばよかったぁ。と思いつつも、こんな私でも登れたのよ!とメールさせて頂きます。

 富士山に登山!なんて、そんなしんどいことをお金と時間を掛けて登るなんて...そんな事を思っていた私が何を突然思ったのか、ゴールデンウィークを過ぎたころ、友達に「富士山登りに行こか?」と電話し、「ええで」との返事が即答で返ってきたことが、今回の富士登山のきっかけです。

** JTBの富士登山、ご来光のツアーに参加 ***

 7月11日(土)の早朝に大阪を出発し、夕方3時半に富士スバルラインにて5合目にいっきに到着。当日は朝から雨・雨・雨。友達からは「ホンマに雨女やなぁ」とイヤミを言われるが、反論出来ずじまい。しかし富士山に着く頃には雨は止んでいた。5合目で記念にと杖と万が一用に酸素ボンベを購入。夕方5時、強力さん(富士登山のベテランスタッフ)と共に5合目を出発。

<5〜7号目>
 楽勝!!(^_^)こんなものならハイキング程度ね。強力さんいはく、今日はさっきまでの雨で歩きやすいとのこと。なんでも強力さんは「晴れ男」らしく、私の雨以上の晴れなんて、この世にいたのね....強力さんに感謝。まだまだ行けちゃうわ〜。
<7〜8号目>
 岩場で杖がちょっと邪魔。だんだんと強力さんのペースに付いて行けなくなってくる。置いていかないで〜。休憩が待ちどうしい。(^_^;)やっと鳥居をくぐる。鳥居の焼き印を押してもらい満足・満足。
<8〜山小屋>
 だんだん暗くなってきて、懐中電灯が必要となる。山小屋の明かりが手を伸ばせば届きそうなほど近いのに、歩けども歩けども着かない。あとどれぐらい歩くの?もうここの小屋で仮眠したい!まだぁ〜?
<山小屋>
 8時(?)山小屋でほっと一息。お弁当の配給があわただしくあり、そんなことより早く出発に備えて休みたい!床に就いたものの、足を伸ばして広々と寝れない。窮屈!!と思いきや、隣の人が高山病で気分が悪いと嘔吐しはじめる。かたや反対でおじさんがビールを飲み(山小屋で)気分が悪いし、こんなんじゃ寝れないとごそごそと動いていた。私だって寝れなじゃない!!高山病の人に酸素ボンベをあげる。ちょっと不安だが、ここまで来たなら、なんとかなるだろう!やっと寝れそうなころ、雨・雨・雨。結構どしゃ降りの大雨の音が..あっと言う間に出発の時間。あれ?雨やんだぁ。
<東洋館出発>
 強力さんが「晴れ男」だから...とにこやかに登場!強力さんに感謝・感謝。「無理して登るよりも、登ることを辞める勇気を持って欲しい。そして自分のペースで登って欲しい。」と再度告げられる。
<東洋館〜9号目
 もうツアーの人達はバラバラ...みんなどこにいるんだろう?登山道は、行列状態なので、道に迷うような心配は全くなし。強力さんの声も随分きいてない。右に曲がって、左に曲がって...行ったり来たり、あと何回曲れば終わってくれるのだろう?頂上の明かりは見えているのに...列の邪魔にならないように、脇でへたれこむ。夜空がとってもきれい!こんな風に星を見たのはどれぐらいぶりかなぁ?下界では雷雲の稲妻が光り輝き、奇妙な景色。
<9号目〜>
 もうここでいい。もう動けない。ここまでだって充分立派よ〜。と自分で自分を褒め称え、何度もくじける。もうここで、ご来光を拝む!止っていると寒い。座っているとお尻が冷たい。...仕方がない、歩くとするかぁ。万歳三唱が聞こえて来る...頂上についたのね。あとどれぐらい?どれぐらい歩けばいいの???
<直前の鳥居>
 もう今度こそここでいいわぁ。ここでご来光を拝む!!そう決心をし、鳥居に座り込む。雪が降っていて寒い。15分ぐらいねばっただろうか、声がどうも近い!すぐそこで話し声が聞こえるような気がしてならない。重い腰をあげ、棒のような足で歩き出す。頂上までの階段は10段も残っていなかった。なんだぁ。早く言ってよね。
<頂上でご来光>
 4時過ぎに無事到着!やったぁ!と思いつつも、声が出ない。どうやらツアーの中では結構頑張ったようである。ここ何日かは雨で拝めなかったとのことだが、今日はバッチリ見れるよと、頂上でお店のお兄さんが言ってくれた。来たかいがあると言うもの。生まれてこのかた28年。恥ずかしながら一度も満足に朝日を見たことのない私にとって、「神々しい。」その一言に尽きる。もちろん焼き印と押してもらい、ハガキを出して帰る。
<下山>
 行きと違ってダーッと駆け下りる。下りは嫌い!歩き方が(体重移動)下手らしく、爪先が痛い!(家に帰ると両方とも1本づつ爪が割れいた)この坂があとどれぐらい続くのか....あぁ...ひざが笑いはじめた。強力さんに歩き方の指導を受けるが、最後まで教えてもらった通りに歩けなかった。なぜかリックサックが落ちてきた。リックは一直線に落ちていった。下山者には当たらなかったようだが、リックはいずこへ...?馬が見える....乗たい。乗せてって〜と心の中で叫ぶ。最後のひと踏ん張りがそれがとても辛かった....無事5合目に到着。

 ハッキリ言って、しんどい!登りよりも下りがどうも駄目でした。もう2度と登らない!こんなのは1度で充分よ!!それでも、時間が経ち、今は「今度は鉢廻りね...」と言っている自分が、バカかもしれないと思う今日このごろです。今回は山梨側から健脚者向けのコースだったと聞いているので、今度は静岡側の初心者コースで登り、お鉢廻りをぜひしてみたいです。今でも、あの満天の星空、ご来光を拝めたことは、しんどい思いをしてまで登った自分へのご褒美だと思っています。

***強力さんから、これから登る方へのメッセージ***

これは何度も何度も強力さんが言っていた言葉です。
 「ゆっくりでいいから、自分のペースで登って欲しい。富士山には頂上はないんだよ。みんなが頑張って登ったところが頂上だから...無理して登るよりも、登ることを辞める勇気を持って欲しい。登った分だけ今度は下りなければならないのだから、無理して登っても、自分で歩かなければどうする事も出来ないのだから...」



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■12 19年目の富士登山 いまいさん 98/8/12

 皆さんの登山記録、大変楽しく拝見させて頂いております。又、登山に関するアドバイスは私にとっても参考になりました。  私は今年の4月で63歳になりましたが、富士登山だけは毎年欠かさずやっております。今月の10日に19回目の登頂を果たしました。
 今までは、吉田口の5合目から一気に登頂していましたが、体力の低下と高山病対策のため、今年は8合目で一泊しました。この方が一気に登るよりずっと楽です。5合目から8合目まで3時間、8合目から頂上まで3時間足らずで計6時間です。この時間は歳とともに多くなっています。
70歳になると登山者名簿に登録できると聞いていますので、これを目標にしています。最近は、頂上付近であまり苦しいので今年限りで止めようと思うのですが、懲りずに、とうとう19回目になってしまいました。
 登山記録を拝見しますと、50歳台の若僧(若造?)の方がちらほらとみえますが、これからも頑張って下さるよう祈ります。

■13 今夏の登山記録 浜口さんから 98/8/10

 はじめまして!三重県伊勢市の浜口と申します。 私も50才の記念として、家内と富士山の頂上を目指すことにしました。  家内は事前の心構えとしての情報をホームページ「後悔しない富士登山」より収集し、それを手本に何の不安もなく準備を整えました。 8月7日の午後6時頃、富士スバルライン5合目口から上り始め、河口湖から甲府方面にかけての宝石を散りばめたような素敵な夜景を愛でながら、頂上へと向かいました。 午後11時頃、8合目の「富士山ホテル」で仮眠し、翌日の午前2時頃から再度頂上へと足を進め、5時40分頃に頂上にて好天のもと、ご来光を仰ぐことができたことに深く感動しました。 8合目からは冷たい風が強くなり、アドバイスにあった「毛糸の帽子」は本当に重宝でした。懐中電灯もヘンドランプ型を持参し、予備の電池も忘ず安心して歩めました。酸素ボンベも持参し、家内の息が苦しくなる手前で吸入させ高山病でダウンすることなく頂上にたてました。

 今回の記念すべき富士登山が好天に恵まれたといえ、無事、実行できたのは「後悔しない富士登山」の情報のおかげです。ほんとうに、ありがとうございました。

■14 遠い昔の富士登山 R T.Kubotaさんから 98/8/4

 今から20年近く前に、大学4年の夏休みに、卒業記念としてサークルの4年生全員で富士登山をしました。 「日本人のなのだから、社会人になる前に一度富士山に登ってみよう」「きっと、見聞が広がり、何か精神的に得るものがありそうだ」と私の提案に皆が乗ってくれて、調布駅前に集合して、仲間の車2台に分乗して、5合目へ向かいました。 確か9時頃5合目をスタートしたと思います。装備も何もなく、ただのハイキング並みの服装でした。8合目くらいから苦しくなり、少し歩いては、道から外れて、寝っころがって「流れ星」をながめていました。登っていくに従って、星を見る頻度が上がっていって、休んでばかりの状態でした。 そんな訳ですから、ご来光は9合目あたりで見ることになってしまいました。 頂上は晴れていてもさすがに寒かった記憶があります。しかし、下山を始めて、下っていくに従い、暑くなった記憶があります。 5合目に着いて、ホッとしたところで、トラブルです。私のサイフがありません。道中のどこかで落としたようです。特に、道から外れて、星を見たりしたので、そのあたりで落としたのなら見つからない可能性大です。 ところが、富士登山する人は、親切で、神奈川県鶴見区の方が拾ってくれていて電話をいただきました。早速、スイカを持ってお礼に伺い、一件落着です。 遠い昔の思い出です。

■15 登った 金子さん(20歳・女性)から 98/7/30

 先日メールを送った金子です。早速のお返事ありがとうございました。昨日無事に帰ってきました。登りは、雨がざあざあ降ってて、えーどうしようー、と思いましたが、上の方は晴れてるだろうし明日は晴れると言うことで、それを期待して登りました。 私は、友達と4人で登りました。うち2人は元気いっぱいで、がんがん進むのですが、私ともう一人の子が、とてーーも遅くて、8合目過ぎにある元祖室と言う山小屋まで、5合目からなんと7時間半もかかってしまい山小屋の人に「おばあちゃん達より遅い」と驚かれてしまいました。夜はあまりよく眠れなかったけれど、朝2時に起きたときは、結構すっきりしてました。友達のうち1人(遅い子)が、起きたら高山病みたいで、頭痛くて気持ち悪いと言ってました。他3人は元気で、4人でご来光を見に出発しました。でも私達のペースでは頂上でご来光は無理だろうから、急がずマイペースで登りました。月は出てなくて、星空があまりにも綺麗なので、30分くらい休憩もかねて、夜空を眺めてました。流れ星も5〜6個見ました。もう、あの星空見れただけでもだいぶ満足でした。 高山病の子が、かなり苦しそうで、私の持ってきた酸素をあげました。登っては吸いを繰り返しながら、みんな頂上にたどり着けました。しかし、登るのは辛かったです。ちょっと動くとすぐハアハアしてきて、休んでばかりでした。ご来光は、雲が低くかかってしまい、見れませんでした。でも空がだんだん明るくなって、雲の上に太陽が出てきたときは、おおーおてんと様だー、と感動しました。おはち巡りをしている途中、今度は私が気分悪くなってしまいました。今まで平気だったので、高山病にはならないと思っていたら、どんどん頭痛がひどくなり、薬を飲んでも直らず、吐き気までしてきたので、下山しました。私が持ってきた酸素は、もう空っぽで、それを吸ってしまった友達が「山小屋で酸素買うよ」と言ってくれたのですが、下山すれば治るからいらないと思い結局吸わずに、気がついたら治ってました。下りも霧だったり雨だったり雲だらけで、景色が全然見れなくてざんねんでした。祖母から年寄り用の、普通の杖を借りていったのですが、とても役立ちました。下山には4時間半くらいかかり、足が痛くて痛くて大変でした。しかし、不思議なことに、具合悪くなった私ともう一人の子は、事前にいろいろ調べたり準備万端で、荷物も重く、水分もたっぷり取っていたのに高山病みたいにになってしまい、「富士山なんて誰でも登れるよ」と、登山者らしくない軽装で、スニーカーはいて、水も2日間で500mlも飲まないでいたあとの2人は、すっごく元気でした。 これは単に体力の違いなのか。それとも気の持ちようなのか・・・。 まあとにかく、初めての富士登山、楽しかったです。今まで登山なんて、特別興味なかったけれど、今は病みつきになりそうです。私の家は秩父に近いので、これからまず近場の埼玉の山に行こうと思ってます。 そしてまた来年富士山に行こうかな・・・・?行きたいです。



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